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PROFILE

JUMBO’S PROFILE

名前 尾崎将司(オザキ マサシ)
所属 セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ株式会社
生年月日 1947(S22)年1月24日
出身地 徳島県
身長 181cm
体重 90kg
血液型 B型
出身校 徳島県立海南高校
趣味 盆栽
ゴルフ歴 1968年(21歳)~
得意クラブ ドライバー、サンドウェッジ
デビュー戦 1970年「関東プロ」
プロ合格日付 1970年4月1日
プロ初タイトル 1971年「日本プロ」

JUMBO’S HISTORY

  • 1947

    尾崎家長男として徳島県海部郡宍喰町に生まれる。元軍人の厳しい父とやさしい母に徳島の恵まれた自然の中で育てられた。小さい頃から活発でとにかく足が速く、運動神経抜群だった。

  • 1964

    地元徳島海南高校のエース打者として春の選抜高校野球に出場し全国制覇する。

  • 1965

    甲子園での活躍を買われプロ野球の西鉄ライオンズに入団。何事も順調に見えたがプロの世界で思うような活躍が出来ず、4年間在籍した球団を退団しゴルフへと活動の場を移すことを決意。コレがジャンボ尾崎の輝かしい活躍へのターニングポイントとなる。その後、名前を正司から将司へと変え千葉に移り住んでゴルフ場で働く傍ら練習を積んだ。

  • 1970

    努力が実りプロテストに一発合格してプロゴルファーへの道を自ら切り開いた。この年の夏にはデビュー戦である関東プロに出場。新人とは思えない飛距離と小技ですぐにその名は知れ渡った。

  • 1971

    周囲の期待に押されつつ日本プロではゴルフをはじめて3年という驚くべき成長で初優勝。 これ以降にも勝利を重ね、年間5勝を挙げる大活躍でプロツアー本格参戦一年目に堂々たる成績を残した。ジャンボ尾崎の出現はゴルフブームに再び火をつけ、71年に34試合だった試合数が72年には47、73年には52と急増した。試合数が膨れ上がっただけではなく、年間獲得賞金額による賞金シード制も取り入れられ、今あるプロゴルフトーナメントの基盤を築く立役者となった。

  • 1973

    年間5勝を挙げて初めて賞金王のタイトルを取った。(1998年までには12回も賞金王に名をつらねることとなる。)

  • 1994~98

    なかでもこの5年間は誰にも賞金王の座を譲ることはなかった。

  • 1996

    11月17日、ダンロップ・フェニックス3連覇でプロ通算「100勝」を達成。

  • 2002

    『全日空オープン』で2000年のサンクロレラクラシック以来2年数ヶ月、777日ぶりとなる復活優勝を果たした。55歳という年齢での優勝はツアー最年長記録更新した。

  • 2005

    マンダム・ルシード よみうりオープントーナメントで前人未到の「生涯1000試合出場」という偉業を成し遂げた。中嶋常幸らと共にAON時代を築き一世を風靡し、世界でも類を見ない113勝という優勝数の多さで長い間日本ゴルフ界の第一人者として君臨してきた。

  • シニアツアーに出場してもおかしくない年齢ではあるが、その卓越した技術やスター性は今なお健在である。 持病の坐骨神経痛の影響もあり近年は優勝から遠ざかっているものの、豪快かつ華のあるプレーでファンを魅了している。

    年々悪化する腰痛に悩まされながらも試合に出場し奮闘するものの、不本意な結果に終わった2006年。足かせであった病と向かい合いオフに手術という道を選択した。2007年は身も心も新たに新生ジャンボの誕生である。

JUMBO’S RESULT

ランク 優勝
’73 1位 5勝
’74 1位 6勝
’75 2位 1勝
’76 3位 3勝
’77 2位 2勝
’78 1位 5勝
’79 8位 0勝
’80 3位 3勝
’81 28位 0勝
’82 16位 1勝
’83 6位 1勝
’84 19位 1勝
’85 9位 0勝
’86 2位 4勝
’87 2位 3勝
’88 1位 6勝
’89 1位 7勝
’90 1位 4勝
’91 4位 2勝
’92 1位 6勝
’93 2位 3勝
’94 1位 7勝
’95 1位 5勝
’96 1位 8勝
’97 1位 5勝
’98 1位 3勝
’99 6位 2勝
’00 7位 1勝
’01 11位 0勝
’02 11位 1勝
’03 15位 0勝
’04 55位 0勝
’05 82位 0勝
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